山陰亭

原文解説口語訳

『本朝文粋』07:187/『政事要略』巻22 三善清行

奉菅右相府書  菅右相府かんうしやうふたてまつる書

清行、頓首謹言。       清行きよゆき頓首とんしゆ謹みてまうす。
交浅語深者妄也、       まじはり浅くしてこと深きはばうなり、
居今語来者誕也。       今に居てらいを語るはたんなり。
妄誕之責、誠所甘心。     妄誕ばうたんの責め、まことに甘心する所なり。
伏冀、            伏してこひねがはくは、
尊閤、特降寛容。       尊閤そんかふ、特に寛容を降したまへ。

某、昔者遊学之次、      それがし昔者むかし 遊学のついでに、
偸習術数。          ひそかに術数を習へり。
天道革命之運、        天道革命の運、
君臣剋賊之期、        君臣剋賊こくぞくの期、
緯候之家、創論於前、     緯候 ゐこうの家、論を前にはじめ、
開元之経、詳説於下。     開元のけい、説を下に詳らかにす。
推其年紀、猶如指掌。     の年紀を推すに、なほ たなごころを指すが如し。
斯乃、            これ すなはち、
尊閤所照、愚儒何言。     尊閤の照らす所にして、愚儒 ぐじゆ何をか言はん。
但、             だ、
離朱之明、不能視睫上之塵、  離朱 りしゆの明も、まつげの上の塵を視ることあたはず、
仲尼之智、不能知篋中之物。  仲尼ちゆうじの智も、はこの中の物を知ること能はず。
聊以管穴、伏添〓龠。     いささ管穴くわんけつを以て、伏して〓龠たくやくに添へん。

伏見、            伏してかんがふるに、
明年辛酉、運当変革、     明年辛酉しんいう、運変革に当り、
二月建卯、将動干戈。     二月建卯けんばう干戈かんくわを動かさんとす。
遭凶衝禍、雖未知誰是、    凶に遭ひ禍にくこと、誰かなるを知らずといへども、
引弩射市、亦当中薄命。    を引き市にあたる、また薄命にあたるべし。
天数幽微、縦難推察、     天数てんすう幽微いうび たとひ推察し難くとも、
人間云為、誠足知亮。     人間じんかん云為うんゐ まこと知亮ちりやうするに足る。

伏惟、            伏しておもんみるに、
尊閤、            尊閤、
挺自翰林、超昇槐位。     翰林かんりんよりぬきんでて、超えて槐位くわいゐに昇る。
朝之寵栄、道之光花、     朝の寵栄ちようえい、道の光花くわうくわ
吉備公外、無復与美。     吉備きび公のほかた美をともにするひと無し。
伏冀、            伏してこひねがはくは、
知其止足、察其栄分、     の止足を知り、其の栄分を察し、
擅風情於煙霞、        風情を煙霞えんか ほしいままにし、
蔵山智於丘壑。        山智さんち 丘壑きうがくかくさんことを。
後生仰視、不亦美乎。     後生の仰ぎ視ること、た美ならずや。
努力努力、勿忽鄙言。     努力努力ゆめゆめ鄙言 ひげんいるかせにするなかれ。
某、頓首謹言。        某、頓首とんしゆ謹みてもうす。

 昌泰三年十月十一日      昌泰三年十月十一日
 文章博士三善朝臣清行     文章博士三善朝臣清行
 謹謹上 菅右相府殿下政所   謹み謹みて 菅右相府殿下の政所にたてまつ

▼ 末尾へ▲ 先頭へ

口語訳

右大臣菅原(道真)殿に差し上げる書状

(私)清行、平伏して謹んで申し上げます。
付き合いが浅いのに親しい口をきくのは「妄(でたらめ)」であり、
現在にあって未来を語るのは「誕(いつわり)」です。
妄誕の謗りは、誠に甘受するところです。
どうか、
貴殿におかれましては、寛大な心でお聞き下さい。

私、昔学生だった頃に、
(正規の授業とは別に)密かに占いを学びました。
天道によって王命が改まる運勢、
君と臣とが(相争って)賊に勝つ時期、
(それら変革の時運については、)予言者が、最初に論じ、
開元経かいげんけい』が、後に詳しく説いています。
その(変革が起こる)年数を推察するのは、手のひらを指差すように簡単な事です。
しかしこのことは、
貴殿も御承知の事で、私のような学者風情が申すまでもありません。
ただ、
(視力の優れた)離朱 りしゅの物事を見極める力をもってしても、まつ毛の上の塵は見ることができません、
孔子の知恵をもってしても、箱の中の物は知ることができません。(優れた人物でも分からない事はあります。)
(そこで)ささやかながら(私の)狭い了見をもって、お耳に入れたいと存じます。

伏して考えますに、
来年は辛酉かのととり(の年)で、天運は変革(の年に)当たり、
二月は(北斗七星の柄が)卯(の方向)を指す(月で)、戦いが起こらんとします。
(その時に)凶事に遭い災いを受ける、誰がそうなるのかは分かりませんが、
石弓を引いて市場で放てば、やはり不幸な人に当たるでしょう。(おおよそ見当はつきます。)
天運は奥深く神妙で、たとえ推測しがたいとしても、
世間の動きなら、知って明らかにすることは可能です。

伏して考えますに、
貴殿は、
学界から抜擢されて、大臣の位に(まで)登られました。
天子の御寵愛による栄達、(学問の)道の栄光、
吉備真備きびのまきび 公の他には、匹敵する位優れた人物はおりません。
(貴殿におかれましては、)どうか、
止まる事足る事をお知りになり、栄達の程をお察しになり、
自然の中に風流心を思うまま遊ばせ、
山のように高い智恵を丘と谷(の間)にお隠し下さい。(今の職を去って隠遁された方が宜しいかと存じます。)
(そうすれば)後世の人は(貴殿を)仰ぎ見て、素晴らしいと思うでしょう。
私の卑しい言葉を、決してなおざりになさらないで下さい。
私、平伏して謹んで申し上げる次第です。

 昌泰三年十月十一日
 文章博士三善朝臣清行
 謹み謹んで 右大臣菅原殿に差し上げます

▼ 末尾へ▲ 先頭へ


トップこのサイトについて3分で読む菅原道真みちざねっと・きっずFAQ読者アンケート
苦しい時の神頼み普通の人のための読書案内漢詩和歌快説講座作品一覧「研究文献目録」補遺

(C)1996-2024 Makiko TANIGUCHI. All rights reserved.
http://michiza.net/jcp/jcphm187.shtml