
朱雀院の奈良におはしましたりける時に、手向山にてよみける 菅原朝臣
このたびは幣もとりあへずたむけ山 紅葉の錦神のまにまに
昌泰元(898)年10月、宇多上皇の吉野宮滝御幸に同行した際の作と言われます。
百人一首に採られていることもあって、「このたび」が「この度」と「この旅」の掛詞なのは周知のことですが、どうも「手向山」は固有名詞ではないようです。「旅の安全を祈って幣を手向ける山」(新日本古典文学大系『古今集』脚注)とか。紅葉の美しさを幣を引き合いに出して述べたのが本意です。
対する素性法師の歌。
たむけにはつづりの袖もきるべきに もみぢに飽ける神や返さむ
神様は紅葉に御満足ですから、粗末な僧衣を切って幣にしても返されますね、と。
宇多上皇が奈良にいらした時に、幣を手向ける山で詠んだ歌 菅原朝臣
今度の旅は慌ただしく、手向山に手向ける幣も用意できておりません
美しい紅葉を手向けますから、どうぞ神の御心のままにお受け取りください
http://michiza.net/jcp/jcpk0420.shtml