山陰亭

原文解説口語訳

『菅家文草』04:292

苦日長〈十六韻〉  日の長きに苦しむ〈十六韻〉

少日為秀才  わかき日 秀才と
光陰常不給  光陰 つねいとまあらず
朋交絶言笑  朋交ほうかう言笑げんせう
妻子廃親習  妻子に親習しんしふを廃す
壮年為侍郎  壮年 侍郎と
暁出逮昏入  あかつきで くれおよびて入る
随日東西走  日にしたがひて 東西に走り
承顔左右揖  顔をけて 左右にいふ
結綬与垂帷  綬結けつじゆと 垂帷すいゐ
孜孜又汲汲  孜々しし また 汲々きふきふ
栄華心剋念  栄華 心に剋念こくねん
名利手偏執  名利 手に偏執へんしふ
当時殊所苦  当時たうじ  ことに苦しむ所
霜露変何急  霜露さうろ  はること何ぞにわかならんこと
忽忝専城任  たちま専城せんせいの任をかたじけなくし
空為中路泣  空しくため中路ちゆうろに泣く
吾黨別三千  たう 三千に別れ
吾齢近五十  吾がよはひ 五十に近し
政厳人不到  政きびしければ 人到らず
衙掩吏無集  づれば 集まること無し
茅屋独眠居  茅屋ばうおくに 独り眠りて居り
蕪庭閑嘯立  蕪庭 ぶていに しづかうそぶきて立つ
眠疲也嘯倦  眠るにも疲れ また嘯くにも
歎息而嗚悒  歎息して 嗚悒 をいふ
為客四年来  客とりて 四年このかた
在官一秩及  官にりて 一秩いつちつに及ぶ
此時最攸患  の時 最もうれふるところ
烏兎駐如〓  烏兎うととどまりてつながるるごときこと
日長或日短  日長く あるいは日短き
身騰或身蟄  身のぼり 或いは身かく
自然一生事  自然なり 一生の事
用意不相襲  こころもちゐて あひかさねざらん

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口語訳

日が長いことに苦しむ〈十六韻〉

若い頃に 文章得業生もんじょうとくごうしょうとなり
時間が いつも足りなかった
友人付き合いで談笑することもなく
妻子とも親しくしなかった(それほど寸暇を惜しんで勉強に明け暮れた)
三十代で 少輔しょう (次官補佐)となり
明け方に(家を)出て 夕方になって帰宅した
太陽を追って 東西に走り
顔色を窺って 左右に会釈した(かくも朝から晩まで仕事に忙殺された)
官職に就き 学問に励み
(何事にも)精勤し そしてあくせくしていた
栄達を 胸に刻みつけ
名声に 囚われていた
その頃 特に苦しんだのは
霜や露が 急に移りゆくこと(時世の移り変わりの激しいこと)
突然(讃岐国の)国司に任じられ
それゆえいたずらに途中で泣いた
大勢の弟子達と別れ
年齢は五十近くになった
政治が厳格なので (地元の)人々は来ない
役所が閉まれば 役人は集まらない(仕事が終わればさっさと帰ってしまう)
あばら屋に ひとり眠って過ごし
荒れた庭に ゆるりと詩を吟じて立つ
眠るのも疲れ また吟ずるのも飽き
溜め息をついて むせび泣く
(都を離れ)旅人となって 四年間
(国司の)官にあって 一期に及ぶ
(任期満了を控えた)この時 最も思い悩む事は
日や月が止まったまま繋がれているかのように時間が流れないことだ
日が長く あるいは日が短く(感じられ)
身体が躍り上がり あるいは身体が地下に隠れる(ように思われる)
人生とは そのようなものなのだ
(むやみに)心を働かせて (心労を)重ねないようにしよう

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