山陰亭

休天神社(8KB)
休天神社

所在地:兵庫県明石市大蔵本町
 交通:山陽電鉄本線・人丸前ひとまるまえ駅下車
    明石市営バス・天神前バス停下車
    神姫バス・天神前バス停下車

ここに陸終わり、海始まる駅長は文字の変改を驚かない?そうだ、明石行こう。

ここに陸終わり、海始まる

(傾向)大宰府より讃岐の方が面白い。
(対策)やはり現代人は橋で海を渡るんでしょう。

 駅のすぐ西側の道を南下し、国道2号線に出れば左折。歩道橋を目指して歩きます。駅から徒歩3分。しかもバス停は神社のすぐそば。駅には地図も出ていますし、迷うことはないでしょう。
 嶋岡晨『菅原道真』の写真は一昔前に撮影されたはずですが、何度行っても当時と変わっていません。

 ここは明石の駅の跡と言われ、讃岐や大宰府に向かう途中、道真が立ち寄ったといいます。御約束の腰掛石は、石製の柵の向こう、拝殿の右手奥にありますので、うっかりすると見過ごしてしまいそうです。ただ、よじ登っても良く見えないのが残念ですが。

腰掛石(6KB)
腰掛石

 東経135度をまたぐ駅のホームに立つと、北には天文科学館が建ち、南には明石海峡大橋が見えるという格好の眺め。神社の周囲は道路と建物ばかりでしたが、駅にいると、「讃州の刺史ししはもと詩人」(『菅家文草』04:243)などと駅の壁に書き付けた後、確かにここから海を渡って讃岐へ行ったんだという実感がわきます。
 自動車で海を越えるようになっても、コース自体はあまり変わってないみたいで、ちょっと苦笑い。

▼ 末尾へ▲ 先頭へ

駅長は文字の変改を驚かない?

(傾向)驚くなと言われて驚かない方がヘン。
(対策)すんごく気持ち悪いので、誰か解説して下さい……。

 『大鏡』時平伝に引かれる「一栄一落是春秋」の句、もとは『菅家後集』に記載された、以下のような注記によります。

 みちりて、明石の駅亭に到る。駅亭のおさ、見て驚く。
   駅長驚くことなかれ 時の変改するを
   一栄一落 是れ春秋
 この詩、ある僧侶の書中に在り。真偽を知らず。しかれども後のために書き付くるところなり。

 つまるところ、駅長相手に作ったというこの詩句、「真偽は不明だが、とりあえず記載しておく」という、案外アバウトな覚え書きなのです。加えて、「改元の詔書を読む」や「意を叙ぶ、一百韻」に窺われる激情ぶりとは相容れない、悟り切った発言は坂本太郎ならずとも気になるところですね。

 休天神社とは別に、もう一箇所、明石駅跡と言われる場所が約800メートル北にあります。それが太寺たいでら二丁目バス停近くの「菅公旅次遺跡」。実際に現地を訪れた人に言わせれば、「本当に石碑しかない」というスポットですが、せっかく明石まで来たのですから、見に行きましょう。

 国道2号線を西へ戻り、駅への道をやり過ごして直進します。桜町東交差点で右折し、高架下をくぐって坂道を登り、本松寺の手前でもう一度右折。そのまま住宅地の中をうねうねと登り続け、播州信用金庫の前に到着すればしめたもの。曲がりくねった道だけに、非常に分かりにくいのです。この交差点をさらに直進すれば、お待ちかね、太寺二丁目バス停です。

 さてお目当ての石碑はどこ? 民家に埋もれていなければいいんだけど、と、周囲を見渡せば……。ありました、バス停の真後ろに(笑)。正面に「菅公旅次遺跡」の文字があり、左右に件の詩句が一行ずつ漢文のままで刻まれています。それは良いのですが、問題はその文。

「菅公旅次遺跡」の石碑(左)と右側面の「無驚」(右)(4KB)
「菅公旅次遺跡」の石碑(左)と右側面の「無驚」(右)

 「駅長驚時変改/一栄一落是春秋」とありますが、『菅家後集』では「駅長驚」です。「無」「莫」どちらの字にも禁止の用法がありますから「驚くことなかれ(=驚いてはならぬ)」と訓読できますが、休天神社の看板の裏側にも「無驚」とあったところを見ると、「無驚」とするテキストがあるのでしょうか。石碑を実見する、そのこととは別に文字の違いに気がついたという点で、足を運んだ甲斐がありました。

 そうそう、明石駅前から明舞住宅前行のバスが出ていますので、それを使うのも手ですよ。そこまでする必然性があるかと問われれば答えに窮しますが……。

▼ 末尾へ▲ 先頭へ

そうだ、明石行こう。

(傾向)通過点ではなく目的地。
(対策)舞子とセットで1日かけて観光すべき。

 山陽明石駅に戻ってJR明石駅の乗客を眺めつつ特急を待っていると、ふと観光をしようという気になりました。駅前にはファーストフードの店も多いのですが、観光ですから、さっそく駅の南側にある魚の棚うぉんたな商店街へ。
 太刀魚が寝そべる脇で蛸がのたうち回り、軒先の干蛸と焼き穴子の価格にびっくり。いかなごの釘煮を見ていると、淡路花博を思い出します。ゆでた伊勢海老に食指がうずきそうになりましたが、財布と反比例して荷物が重くなるので自制して、商店街近くの永楽堂でピーナツ煎餅を購入。お土産にすると「(味覚が)渋い」と言われましたが、自分が食べたいものが安く出ていたから買ったまでのことで、渋いのは金銭感覚です。味は良かったですよ。

 せめて明石焼は食べておこうと、お好み焼き屋で注文。待ち時間にメニューを見ると、「肉そば・うどん」の文字。どうやら「肉(牛肉?)入りの焼そば・焼うどん」の意味のようです。駅の立ち食いそば屋のメニューにも「たこやきうどん・そば」という文字がありましたが、明らかに言語感覚が違いますね。
 そしていよいよお待ちかねの明石焼の登場。やっぱり板の上に鎮座しています。正式名称が「玉子焼き」なだけあって、味は「蛸入りの焼き玉子豆腐」といった感じです。卵液にだし汁がたっぷり入っているのでそのまま食べても充分いけます。一緒に出されるつけ汁は白だしで、うどんを入れて食べたくなるほど鰹がきいていました。

 本当は蛸足の天ぷらやすり身団子なんかにも興味がありましたが、満腹だったのであえなく断念。明石焼が5個単位で売られていれば、買い食いする余裕もあったものを。
 舞子公園(神戸市垂水区)で明石海峡大橋を見物してから、明石公園で城の櫓や博物館を見て、魚の棚に寄るのが正攻法でしょう。もっとも、魚丸一匹持って帰ってさばいて食べる器量のある方に限りますけど……。
 子午線の街なのに時報が日本標準時とずれていたのは御愛敬でした。

▼ 末尾へ▲ 先頭へ


トップこのサイトについて3分で読む菅原道真みちざねっと・きっずFAQ読者アンケート
苦しい時の神頼み普通の人のための読書案内漢詩和歌快説講座作品一覧「研究文献目録」補遺

(C)1996-2014 Makiko TANIGUCHI. All rights reserved.
http://michiza.net/jtp/jtpyasu.shtml