山陰亭

太宰府天満宮本殿(9KB)
太宰府天満宮本殿(重要文化財)

所在地:福岡県太宰府市宰府
 交通:西鉄太宰府線・太宰府駅下車

飛梅はなぜ白い?あなたの声が聞きたいおみくじの謎
道真グッズがいっぱい郵便局に進路を取れ!II縁切りの真相
怒濤の人脈数珠つなぎ社員は会社の顔関西出張所

飛梅はなぜ白い?

(傾向)筆者にすれば当然。しかし世間は不思議がる。
(対策)これで納得できればひと安心。

 福岡空港やJR博多駅から、「天神」という水鏡天満宮に由来する素晴らしい名前の繁華街まで地下鉄が直通しています。そこから西鉄福岡駅まで歩き、特急で西鉄二日市に向かい、太宰府線に乗り換えて終点まで。西鉄福岡から所要時間20分。天満宮自体は駅の右手に延びる石畳の参道を歩けばすんなり着くので話も早い。が、史跡観光をするには中途半端に駅から遠い街です。時にはものすごい坂道に出くわしてゲンナリ。
 ……あ、でも九州旅行のついでに観光バスで立ち寄るのが普通ですよね。最近は九州国立博物館とセットで回るのが流行ってまして、滞在時間も少し延びているみたいです。良かった良かった。

 道真が延喜3(903)年2月25日に榎社の地で亡くなって後、本来なら遺骨を京都に戻すべきところ、本人がそれを希望しないと遺言(漢詩和歌快説講座「謫居の春雪 」を参照)したため、鎮西の地に葬られることになりました。そこで京都から大宰府に随行していた味酒安行が葬儀の手配を済ませ、遺体を載せた牛車を東北方向に向かわせたところ、牛が途中で座り込みを始めたので、一行は道真の遺志と信じてその場に埋葬したというのがこの地です。ただ本当に道中だったら、道路に墓を作られた地元の人はさぞ迷惑だったに違いないと思うのですが。
 社殿が何度も戦乱で焼けてしまい、目印として本殿の床下には遺体の場所を示す石柱があると言われます。宮司だけが出入可能なスポットなので、見たことがある人が他にいてもその先は聞くに聞けません……。興味はすごーくあるんですけど。

 没後2年後に社殿を創建したというのはさすがに早すぎると思いますが、墓所の上に社殿を立てたという特殊性から、お墓の要素を強く持っており、つい最近まで「安楽寺あんらくじ」の別名で通っておりました。早くから菅原氏が運営に関与していたのが特徴で、個人的には社殿拡張に功績のあった「北野三位きたののさんみ」こと曾孫菅原輔正すけまさの動きが気になるところ。

 あと親戚筋(菅原氏と同じく古代豪族土師はじ氏の子孫)の大江匡房おおえのまさふさの思考回路。聞き語り『江談抄ごうだんしょう』に道真や天神に関する話が多いこともありますが、彼の長篇詩「安楽寺に参る詩」(『本朝続文粋』巻1)を読むと、天神縁起成立前なのにそれに類する記述が見受けられるんですよね〜。この古調詩は江戸時代に出版された『日本詩紀』にも再録されていますが、そちらでは「板に31字があった」という内容を「41字」とやってまして、明治時代に活字化された時も直らず、明治版の復刻に合わせて近年ようやく戻りました。
 これは平安中期に火事で焼けた内裏の再建工事中、板にヤリガンナを掛けて帰ったはずが、一晩のうちに「作るともまたも焼けなむ 菅原や棟の板間いたま の合はぬ限りは」と読める虫食いの跡が生じていたという虫喰むしくい和歌の話なので、三十一文字みそひともじじゃないと話が通らないんです。「棟の板間(建物の隙間)」に「胸の痛み」を掛けており、「道真公の懊悩が収まらないうちは何度でも焼亡するよ」というなかなか不気味な和歌です。北野にしても太宰府にしても、幸い今の社殿は安土桃山のものなので、隙間は埋まったと見て良いのでしょうか? 後者は最近地震で柱にヒビが入ってしまいましたが(笑)。

 それはさておき、道真が都を出る前に自宅の庭で「東風吹かば...」と詠んだところ、後を追って大宰府まで飛んできたという、かの飛梅はれっきとした白梅です。「どうして紅梅じゃないんだろう」と思われる方のために、ここで理由づけをしておきましょう。

飛梅(8KB)
飛梅

 最後の作品である「謫居の春雪」がヒント。この七言絶句、前半で降り積もる雪を梅の花と見、後半では白色から連想される故事を出して望郷の思いを述べる、という構成をとっています。つまり、「白」抜きでは成り立たない作品なんです。
 京都から梅を持ち込んだ人はこのことをちゃんと理解していたと思います。江戸時代の「菅原伝授手習鑑」でも白梅と明記しています。知らぬは現代の観光客ばかりってわけ。

 この花が風に散るさまは本当に雪みたいできれいですよ。

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あなたの声が聞きたい

(傾向)良く言えば知的好奇心、悪く言えば傍迷惑。
(対策)専門家に依頼する以上、こればっかりはお金の問題では……。

 太宰府天満宮が「道真の遺体を埋葬した場所」と聞いて、思ったことがあります。掘れば骨が出てくるのか、と。残念ながらそんなことはないでしょう。日本は骨が残りにくい土壌で、専門家によれば、「骨が土に接触していない」「周囲にカルシウムが豊富」という特殊なケースを除き、有機物は微生物に分解され、無機物は水に流され、100年程度できれいになくなってしまうそうです。
 こんなことを書いたのは、骨格があれば体格・病気から声まで分かるからです。特に声は気になるところで、孫が書いたとされる「北野天神御伝」に言う「音声多く朗らかなり」の意味が知りたいなあと。比較的高いことは想像つくんですけど、いまひとつ説得力に欠けます(身びいきとは無関係にいい声なんでしょうが……)。
 せめて、比較的早くに描かれたと思われる「北野天神画像(根本御影)」で再現してみよう、という話にならないのが悲しい。

(追記)道真の声を復元したものがiモードのサービスにあります。多分根本御影を使ったのではないかと。実際に聞いた人に言わせれば「意外と低い声」らしいのですが、iモード端末も人の携帯を奪う根性も持ってないんですよね、私……。

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おみくじの謎

(傾向)深く考えるのはほどほどに。
(対策)ちゃんと小銭持参。

正月のおみくじ結び所(6KB)
正月のおみくじ結び所

 おみくじは全部で24本(第一番〜第三番、第五番〜第二十五番)、使われているのは道真関係の和歌。違うおみくじに同じ歌を使っているので、文言を比較するとなかなか興味深い結果が得られます(同じ吉凶なら同じ和歌、かもしれない)。

 この10年間ほどの間に微妙なバージョンアップが何度かありました。神紋がモノクロからカラーへ。地色はもともと白一色だったのが季節ごとに異なるカラーバリエーションを採用。冬は紅梅でピンク。秋は銀杏で黄色でした。10月は「特別受験合格祈願大祭」に合わせて水色。デザインもちょっとだけ特別仕様になります。
 2006年ワールドカップの時は番外編でサムライブルー版(!)が登場。もっとも、日本が惨敗したために「あれじゃ天満宮もカタナシだ」と外野からツッコミが飛んだのですが……。

 内容に関しては変更されていません。以前は30円とか50円とか驚愕の価格設定をしていたんですが、現在は世間並みに100円です。そのうち200円に値上げされたら、別の意味で「引く」展開が待ち受けています。お高いのはちょっとね。

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道真グッズがいっぱい

(傾向)バリエーションは日本一。
(対策)話の通じるものを買う。

 関連商品がこの神社には多いので、時間が許せば総合案内所をのぞいてみましょう。

太宰府プリクラ(4KB)
太宰府プリクラ

 まずは気になる商品から。太宰府プリクラ。カーテンの図柄は、牛と一緒に道真さんがVサインをしていてかわいい。せっかくだから「道真さんとツーショット」なんてフレームを作れば受験生に受けますね。
 お土産としてはノート、一筆箋あたりが値段も手頃。自分で使うなら牛の貯金箱、扇子(「九月十日」「東風吹かば...」の2種類)なんかもいい。他にもテレカ、梅味の缶入海苔、シャーペン、ボールペン、レターセット、金属製の筆箱、英文ハンカチ、ミニチュアの飛梅、ビデオ、ランドセル型の小銭入れ、携帯ストラップ、絵葉書と多種多様。
 最近はさすがに「何でもアリ」状態はなくなってきましたね〜。列挙した中には現在販売されていない商品もありますから。

 ただ問題なのが、相手が太宰府土産だと理解してくれるかということ。子供の頃の道真さんのグッズが多くて、ノートはともかく、携帯ストラップなどは誰か分からないと言われそうです(涙)。
 で、牛乗天神の土鈴なんかはないのかと、参道の店を見ても意外とない。「何か道真ぽくない?」と不二家の男雛ポコちゃんで筆者を困らせた友人の方が、反応としては案外正しかったりして。

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郵便局に進路を取れ!II

(傾向)パートIよりパワーアップ。
(対策)参拝には住所録が必須アイテム。

 北野天満宮に程近い北野郵便局が北野の風景印を作っているなら、太宰府は? と思っていたら、ありました。駅前のローソンを越えて参道をずーっと下がった端、駐車場の前にある、その名も「太宰府天満宮郵便局」。問題の絵葉書にしても、天満宮の総合案内所や無料休憩所で絵巻や画家の作品を使ったものが50円でバラ売りされているので、それを購入すればOKです。参拝の折は住所録とペン、それに葉書を書くための台(本など)をお忘れなく。無料休憩所には椅子はあっても机はありませんので。
 しかも郵便局が太宰府仕様の切手シートまで作ってるので、よりディープな笑いを取れるかも知れません(笑)。ま、シートだと高いので、普通に記念切手買いますけどね……。

縁切りの真相

(傾向)真に受ける人はいないでしょう。
(対策)出会うのが人生なら別れるのも人生。

 「太宰府天満宮にカップルで行くと別れる」という噂があります。「『天神様が嫉妬する』というのは焼き餅=梅ケ枝餅(「食べ物起源譚」を参照)を焼く、という言葉遊び」と、社務所サイドが必死に否定しているんですが、もう少し補足などを。

 要するに「パイがでかけりゃピースもデカい」という話です。カップルが別れるスポットとしてはディズニーランドが有名ですが、そもそも来場者数も多いんですよね。ということはカップルも多い。最後まで別れないカップルなんて貴重なものでしょう。全体が多ければその一部分も大きくなるのは当然のこと。
 しかも天満宮の場合、学生が多いので余計カップルの割合も増えますし、そこに受験が絡むと「別々の学校に行ってつきあいが疎遠になり、(他に好きな人もできて)結局別れた」なんて状況になってもおかしくありません。それを他人のせいにするのは変ですよね。

 そうフォローしてふと考える。まさかさだまさしの「飛梅」の歌詞のせいじゃないよね? と。彼女と別れた男が、二人で参拝した時のことを思い出すという内容は、まさに噂と同じじゃないかとうがったり。
 もっとも、この歌を作った頃にはすでに縁切り説があったと本人が書いていた(国立文楽劇場公演ガイドブック、1996.11)ので、かなり昔からある話みたいですね。

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怒濤の人脈数珠つなぎ

(傾向)憎まれっ子、野にはびこる。
(対策)もう後は野となれ、ってこと?

 「太宰府に行くなら、私の知人の店に連絡してみて」とは、金沢でたまたま御一緒した先輩からのアドバイス。その翌年、実際に太宰府に行ったのですが、そこに待っていたのは波瀾怒濤の展開でございました。

 出発空港の手荷物検査場の手前にある果物屋に柘榴が並んでいただけでも充分おかしかったのですが、いざ福岡空港に着いてみると、到着口へ向かう通路の階段正面に太宰府天満宮の広告が堂々と出ています。気恥ずかしさを感じながらターミナルビルを出ると、今度は「天神さまの美術」の特製紙袋に、丸めたポスターを入れて持ち歩くスーツ姿の男性を目撃。開催前にあの紙袋は「関係者です!」と言っているようなもの。かと言って呼び止めると、逆にこちらが怪しさ全開なので、自制して地下鉄の駅に向かいます。
 天神で下車し、百貨店求めて出口へ向かうと「天神さまの美術」の看板。その先の岩田屋でまた柘榴。本日初めての能動的遭遇、水鏡天満宮への寄り道を経て、ようやく太宰府へ。

 店名を手掛かりに、件の店を探し、とりあえず御挨拶。出来たての自家製梅ケ枝餅片手に奥さんと雑談をしているうち、旦那さんも登場し、先輩が「自分の同僚の実家」という重要な部分に触れていなかったことが判明。旦那さんは「山陰亭」の読者でしたので、「じゃあ味酒 みさけさん(安則氏、太宰府天満宮文化研究所主管)の所に行きましょう」と、境内に入りました。
 あいにく会議中で不在だったので、先にお参りを済ませ、授与所で朱印をお願いすると、「湯島に負けないようなヤツ書かないと」とスタッフは変に対抗心を燃やしておりました。そこに別のスタッフが来たので、旦那さんが声を掛けます。「この人『山陰亭』作ってる方ですよ」「ああ、あの。いつも見てますよ」……え、「あの」? 事情が飲み込めずうろたえる筆者をよそに、博多弁で電話を掛け、「会議終わりましたから研究所にいますよ」と一言。そこで研究所に逆戻り。

 さて研究所。旦那さんが紹介した途端、事務の人は「見てますよ、面白いですね」。他のスタッフは「友人に聞きました」。鎮西で有名になっているという予想外の事態に、「オイオイ、どないなっとんねん!」と心中ツッコミを入れない人はいないはず。そこにワイシャツの襟を開けたままの味酒さんが来て、「一度お会いしたいと西高辻(信良氏、宮司)と話してたんですよ」とありがたいお言葉。しかしその後に続く「テレビで見たまんまですねえ」になす術なく撃沈。パワフルな発言の数々は省略しますが、「戦前の道真像は否定されるべき」的な、案外開明的な価値観をお持ちのようでひと安心。
 宮司さんへの紹介は翌日の開会式の後で、という確約を取り、ひとまず退散。

 店に戻ると、すぐ「『修理が済んでいるのなら榎社も見たい』っておっしゃってましたよね? 日が暮れないうちに車で行きましょう」ということで、再び外出し、撮影を済ませて、歴史のありそうな自宅の応接間に通されました。予定を聞かれ、「博多の屋台でラーメンでも食べようかと……」と話すと、「時間がおありでしたら、晩御飯御一緒しませんか? ラーメンは夜食でも大丈夫ですよ」と、お誘いを受けました。そこで御夫妻と3人で「梅の花」へ。豆腐料理を食べながら、道真談義に花を咲かせておりました。

 さて翌朝。バス停でバスを待てども、バスは来ず。それでもどうにか開会式直前に駆け込み、汗を拭きながら関係者挨拶とテープカットを見学。出席者の大半が説明担当の学芸員と会場内へ入って行くのをよそに、荷物をロッカーに入れ、味酒さんに御挨拶。防府天満宮の鈴木宮司に紹介され、続いて地方紙の記者。名刺に続けて「感想文お願いの件」と書いた紙片を渡されました。「いくら取材を受けても、記事執筆を依頼されないことには」と常々言っていたのでガッツポーズを取ったのもつかの間、「具体的に作品をひとつ取り上げ、明日までに300字以内で執筆」って、フリーライターみたい(涙)。それでも他の人と内容がかぶらないよう、意地で2種類書いて出しました。さらには記者と味酒さんのペースに巻き込まれる格好で、鈴木さんと味酒さんと3人で写真撮影。荷物増えるからスーツ持って来なかったのに(泣)。
 その後やっと会場に入り、西高辻さんと御対面。「一度お会いしたいと思ってたんですよ」と聞き覚えのある言葉。「見たことはないんですが、アクセス数多いでしょう?」「でもそちらの方が多いですよね?」などと、社交辞令的な会話の後、公式サイトのデザインはコンペで決めたという話になり、小声で「でも西高辻さん、重くないですか? 一昔前のパソコンを専用線につないで見てたら、マシンが落ちたんですが」と言うと、「あれでも軽くしたんですけどねぇ」と苦笑いされました。なにしろ最新機種+光ファイバーでも待たされた程ですが、最近はアナログ回線でも楽に見られるようになりました。言ってみるものです(笑)。

 いちおう後日譚を書いておきますと、写真も依頼原稿も、新聞に掲載されたという話は聞いておりません。未だに質問への返事はおろか、原稿受領通知のメールすら来ないのですから、困ったものです。

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社員は会社の顔

(傾向)対応如何で評価が変わることを如実に示す一例。
(対策)口コミは広告よりも強い。

 もう時効だと思うので書きますが、太宰府天満宮に対する印象は、当初極めて悪いものでした。それは、ふとしたことから管理職の方と話をした事に端を発します。話のついでに「道真公のホームページ作っているんですよ」と、珍しく「公」づけで言ったところ、即座に返ってきた言葉が「名誉毀損で訴えますよ」。「変なこと書かないで下さいよ」と苦笑いされる程度の反応は予想していましたが、初対面の人間に対して随分失礼な物の言い方です。何の因果で命日に暴言を吐かれなければならないのか、憤懣やる方ないまま帰り、それから3年間太宰府を訪れることはありませんでした。
 その後、天満宮側と直接交渉した経験のある人々から評判を聞く機会が何度かあったのですが、いずれも体験を裏書きするものでした。以前勤務していた人からは「応対した人の性格の問題で、全体としてはそんなことはありません」と、弁明されたこともありますが、知名度の高い法人に勤める人間として、あの発言はあまりにも不用意だったことには変わりがありません。本当に訴訟を起こされたら……と思うと、気が重くなりました。もっともそれは杞憂だったのですが、トップのお墨付きを得ても、是々非々の部分は残ります。マイナスがようやくゼロに戻ったというところですね。

 そんなこんなで久々の太宰府入りです。
 今回は団体で昇殿参拝するということで、一度上がってみたかった私は勝手に盛り上がっていたのですが、だらだら駅弁を食べていたものですから、到着した時点でほぼ終わっていました。その事実をスタッフから聞かされ、個人的なショックと友人知人を巻き添えにした責任感でしょげ返っていると、見かねたのか「後で上がれるようにしますから、向こうでお待ち下さい」とのこと。よほど悔しそうな顔をしていたのでしょう(笑)。建物見学を楽しみに待っていると、しばらくして先ほどの人が手招き。言われるまま靴を脱ぎ、漆塗りの階段を踏んづけ、少数精鋭で本殿に上がり込みます。先頭で「イヤー、正中せいちゅう(真正面)だ、道真さんの前なんて跨げないー」などとバカなことを思っていると、烏帽子狩衣姿で登場した他のスタッフに「どうぞお座り下さい」と言われ、そのままむしろに正座。後ろでは一般の方々が賑やかに参拝しています。

本殿(7KB) 側面から見た本殿内部(6KB)
本殿 側面から見た本殿内部

 背中に少しばかりの優越と快感を覚えつつ、性懲りなく周囲を見回せば、斜め前方でスタッフが何やら始めました。その様子は、神様に「この道具使わせて下さいね」とお断りしているようにしか見えません。……これってもしかして祈祷? ただの見学のはずが妙な展開になってきました。一向に筋が読めないままお祓いを受け、正面で手短かに祝詞を挙げているのを後ろで見るばかり。そしてスタッフが玉串奉奠を終えて一言。「では代表の方、こちらへどうぞ」。成り行きで先頭に立ち、正中近くで勝手に盛り上がった結果、上座に着いていたのは事もあろうに筆者本人。年長者を差し置いていいの? と下座に視線を送ると、特に異論は出ず。「一番太宰府に行っているから」という理由でいつの間にか旅行の幹事になっていた立場上、代表といえば確かに代表です。
 内心喜びつつ前に進めば、榊を手に小声で聞かれました。「やり方分かりますか?」回答に窮する一瞬。随分昔に読んだ冠婚葬祭の本に載っていたので、玉串奉奠の手順を全く知らない訳ではありませんが、どちらの手が手前で、どの方向に回すのか、肝腎な部分が思い出せません。やんぬるかな、正直に言おう。「……知りません」。普通は「地位も年齢もある人がするものだから」と言い訳できるのですが、神社に足を運ぶ回数を考えれば格好がつきません。さぞ手慣れていることと思われる方も多いでしょうが、昇殿参拝をほとんど経験していないだけに、式次第にも明るくないのです。それでも人間の記憶とは面白いもので、指示に従って榊を手にすると、「そうそう、『の』の字を書くように回すんだっけ」と書籍の記述を思い出し、「どちらに回すんですか?」とこちらから聞いてしまいました。榊を捧げると、続けて恒例の二礼二拍手一礼です。「今度は大丈夫!」と自信を持って臨んだものの、隣のスタッフとタイミングが合ってない(笑)。お互い変な緊張関係を保ちつつ、頭を下げました。
 最後にお神酒を頂いて参拝終了。ここまで来るとさすがに急かされますので、手短かに済ませて退出すると、背後から「お待たせしました、どうぞお上がり下さい」という声が。事もあろうに、有料の一般客を待たせてただ働きさせてしまったようです。これは申し訳ない。余りに申し訳なさ過ぎる。慌てて最初に声を掛けてくれた人を探したのですが、あいにく見つかりませんでした。

 時間も押していたので大急ぎで移動すると、そこには味酒氏。早速御挨拶。あっさり話が通じてしまうこの状況を喜んでいいのかは良く分かりませんが、隣にいた業界紙の記者からは「こういう(道真が絡んだ)イベントなら来ると思ってました」と言われる始末。まるで飛梅です。それはともかく、是々非々のスタンスで先ほどの出来事について話し、「担当者の方によろしくお伝え下さい」とまとめると、味酒さんは向こうを指して「後藤でしょう? あそこにいますよ」。
 かくして後藤さんをつかまえてお礼の言葉を述べることができましたが、ひとつ気になることがありました。それは誰か分かっていた上での行為だったのか? という事。知っていたのなら少し割り引いて考える必要がありますし、知らないのなら一般客に準じた扱いということになります。そこで質問。「『山陰亭』って御存知ですか?」「ええ」「あれ、私が作っているんですよ」「そうなんですか、御縁のある方に来て頂けて幸いです」説明不要で会話が進むのも不思議ですが、作者の顔は御存知なかったようです。ということは純粋な好意から出た事なのですね。それでは素直に感謝。ありがとうございました。

 ちなみに、件の管理職氏は随分前に転職したそうです。また、忘れ物をしたので二日市の公衆温泉浴場に電話したところ、「そんなものはありません!」とぞんざいに言われたことも書いておきましょう。銀座三越は思わず恐縮してしまうほど丁寧で親切な対応だった(老舗百貨店の実力を見た気がします)ことと比べると、社員教育の水準が何気ないやり取りに露呈するのでしょうか。殷鑑として心に留めておきたい出来事です。

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関西出張所

(傾向)すっかり年中行事化。
(対策)金も暇もない人向け。

 新年早々、空港の全日空カウンター付近に巨大絵馬が立つ光景を御覧になったことはありますか? 筆者は関西・伊丹の両空港で目撃しましたが、よそでもやっているらしいともっぱらの噂。さすがに福岡では見たことないですが。
 実際の絵馬を拡大印刷したものらしく、近づいて見ると地肌(木肌部分)のモアレが目立ちます。

空港の巨大絵馬(6KB)
空港の巨大絵馬

 当初は裏側に自由に書き込めるようになっていましたが、あまりに汚ないと思われたのか、最近は短冊に書いて裏側に掛ける形を取っています。3月に奉納する点がちょっと微妙ですが、切羽詰まった最後のダメ押しぐらいにはなるでしょう。……きっと。

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