山陰亭

原文解説口語訳

『菅家文草』02:098

有所思  思ふ所有り
〈元慶六年夏末、   元慶がんぎやう六年夏の末、
 有匿詩誹藤納言。  匿詩有りて藤納言とうなごんそしる。
 納言見詩意之不凡  納言詩意の凡ならざるを見て
 疑当時之博士。   当時の博士かと疑ふ。
 余甚慙之。     余はなはづ。
 命矣、天也。〉   命なるかな、天なるかな。〉

君子何悪処嫌疑  君子 何ぞ嫌疑にるをにくまん
須悪嫌疑渉不欺  嫌疑のわたりてあざむかざるを悪むべし
世多小人少君子  世に小人多く 君子少なし
宜哉天下有所思  むべなるかな 天下に思ふ所有りとは
一人来告我不信  一人来て告ぐれども われ信ぜず
二人来告我猶辞  二人来て告ぐれども 我なほ辞す
三人已至我心動  三人すでに至りて 我が心動く
況乎四五人告之  いはんや 四五人の告げんや
雖云内顧而不病  内にかへりみてましからずとふといへども
不知我者謂我痴  我を知らざる者は我をはん
何人口上将銷骨  いづれの人ぞ 口上に骨をさんとする
何処路隅欲僵屍  何れのところぞ 路隅にしかばねせんとほつ
悠悠万事甚狂急  悠々たる万事 はなは狂急きやうきふにして
蕩蕩一生長嶮〓  蕩々たうたうたる一生 つね嶮〓けんき ならん
焦原此時谷如浅  焦原せうげん の時谷さへ浅き如く
孟門今日山更夷  孟門まうもん 今日山さへ更にたひらかならん
狂暴之人難指我  狂暴の人と 我をゆびさし難からん
文章之士定為誰  文章の士と 定めて誰をさん
三寸舌端駟不及  三寸の舌端 も及ばず
不患顔疵患名疵  顔のきずうれへず 名の疵を患ふ
功名未立年未老  功名立たず 年老いず
毎願名高年又耆  つねに願はくは 名高く年もまたたらんことを
況名不潔徒憂死  況んや 名いさぎよからずしていたづらに憂死せんや
取證天神与地祇  あかしを取らん 天神と地祇ちぎとに
明神若不愆玄鑑  明神めいしん 玄鑑けんかんうしなはずんば
無事何久被虚詞  事無くして 何ぞ久しく虚詞をかうむらん
霊祇若不失陰罰  霊祇 若し陰罰を失はずんば
有罪自然為禍基  罪有りて 自然おのづから禍基くわき らん
赤心方寸惟牲幣  赤心の方寸 牲幣せいへい
固請神祇応我祈  もはらふ 神祇の我が祈りにこたへんことを
斯言雖細猶堪恃  の言 ささやかなりといへども なほたのむにへたり
更愧或人独自嗤  更にとがむらくは る人の独り自らわらふことを
内無兄弟可相語  内に兄弟けいていの相語るべき無けれども
外有故人意相知  外に故人のこころあひ知れる有り
雖因詩与居疑罪  詩にりてか 疑しき罪にりといへども
言者何為不用詩  言ふひと何為なんす れぞ詩をもちゐざらん

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解説

 元慶6(882)年夏、「藤納言」を批判する詩を作ったという疑いを掛けられ、自分の無実を訴えた七言十六韻の詩です。形式については、二四不同二六対を守らない箇所が16箇所あり、谷口孝介氏の分類(「『菅家文草』の詩体と脚韻」「同志社国文学」33、1990年3月)に従い、古調こちょう詩と判断して差し支えありません。

 「藤納言」に該当する人物として、正月に大納言に任じられた藤原良世よしよ (61歳)と冬緒ふゆお (75歳)の二人がいますが、後に道真をして「老狐」(02:119)と言わしめたのは冬緒だろうと言われています。というのも、冬緒が上表して政界からの引退を申し出たものの却下されたのが6月2日のことで、「夏の末」とあるように、問題の詩はその直後に作られているためです。そして自分を誹謗する詩を見た「藤納言」は、完成度の高さから道真を疑いました。
 「噂を聞いた人間が一人二人来ても平気だったのが、三人目で胸騒ぎを覚える」というのは、『戦国策』にみえる曾参そうしん(孔子の弟子)の母親の話がもとになっています。同姓同名の男が殺人を犯したと聞いて曾参本人だと誤解した人々が母親のもとに駆け付けたところ、二人目までは平然とはたを織り続けたものの、三人目でついに手を止め、を投げ捨てて見に行ったというものです。あらぬ中傷に詩でもって反論するのは「博士難」に続くものですが、今回は大学内部で収まらない疑惑だけにより深刻でした。相手が高官だったこともありますが、当時の法律には「匿名あるいは偽名で罪を告発すれば懲役刑に処す」という規定があり(『政事要略』巻84所引闘訴律逸文)、匿名の詩で批難するという行為自体がれっきとした犯罪だったからです。作者不明の怪文書は受け取っても読まずに焼き捨てるべきものとされていましたが、何者かが意図的に流布した結果、道真は窮地に陥りました。最終的には真犯人の分からないままうやむやに終わったのですが、ひどく精神的に追い詰められたようで、出家を考えたほどでした。

 「有所思」という詩題は、民謡に起源を持つ韻文である楽府がふの題を借りたものですが、あくまでも離ればなれになった恋人を想う作品に冠されるものです。それを無責任な噂を信じる世間への憤懣を詠んだ詩に置き換えたのは道真独自の行為で、楽府題「行路難」に基づく「博士難」、楽府題に倣いながら内容の異なる「詩情怨」という同時期の作品と近似することは後藤昭雄氏が指摘していますが(「平安朝の楽府と菅原道真の<新楽府>」「国語国文」68-6、1999年6月)、この3首はすべて古調詩でもあります。さまざまな規則に制約される排律はいりつとの使い分けについては簡単に判断できないのですが、古調詩を始めて作ったのがこの元慶6年であり、同じ時期に集中している点については改めて強調しておきます。大宰府謫居時代にも古調詩は作られており(477「楽天が『北窓の三友』の詩を詠ず」・479「開元の詔書を読む」・483「少き男女を慰む」・486「奥州藤使君を哭す」・500「雨の夜」・502「野大夫を傷む」など)、その先駆けと考えられるからです。

 道真の激越な口調に引きずられて筆が滑りそうになるのを、理性でとどめながら口語訳を行いましたが、原文を読むだけで、彼のいら立ちと歯ぎしりが露骨に伝わってきます。そして「詩で疑われたが、言いたいことがあるから詩で反論するのだ!」という毅然とした意志表明に、道真が頻用した『詩経』大序の有名な言葉「詩は志のく所なり。心に在るを志と為し、言に発するを詩と為す。こころうちに動きて言にあらはる。」を連想するのはあながち間違いではないと思います。

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口語訳

思い悩むことがある
〈元慶六年の夏の終わり、
 大納言藤原氏を中傷する匿名の詩が世に出た。
 大納言は詩の内容が平凡でないのを見て
 (作者は)今の(文章)博士ではないかと疑った。
 私は(疑いを掛けられて)恥ずかしく思う。
 (これも)運命なのか、天の定めなのか。〉

君子はどうして疑いを掛けられることを憎むだろう
時間が経つにつれ疑惑が本当になることを憎むのだ
世間にはつまらない人間が多く 立派な人間は少ない
もっともなことだ 世の中に思い悩むことがあるというのは
一人が来て(こんな噂があると)告げても 私は信用しなかった
二人目が来て(同じ噂を)口にしても 私は相変わらず相手にしなかった
(だが)三人目が来てしまうと 私も(さすがに)胸騒ぎがする
まして四人五人と言い出せば(不安で仕方がない)
内省して後ろめたいところなどないと言ったところで
私を理解しない者は私を愚か者だと言うだろう
誰なのか (偽りの)言葉で(私の)骨を溶かそうとするのは
どこなのか 道端に屍を倒そうとするのは(どこに私をのたれ死にさせようというのだ)
遥々と広がる(はずの)物事は ひどく慌ただしく
広々と続く(はずの)一生は ずっと険しいだろう
今は(深いことで有名な)焦原の谷さえ浅いようで
今日は(険しいことで知られる)孟門の山さえ更に平らなようだ(それほど生きにくい世の中だ)
凶暴な人物だと どうして私を名指しできよう
(あの)文章を書いた人物だと どうして誰かを決めつけられよう
三寸の舌先(で口にした噂)には 四頭立ての馬車でも追いつかない
顔につけられた傷を憂えるのではない 名前につけられた傷を憂えるのだ
(私は)功績も挙げていないし 老いてもいない
(だが)名声を手にしたい長生きしたいといつも願っている
どうして汚名を帯びたまま(無実を証明せず)むだに憂いを抱えて死ねるだろうか
あかしを立てよう 天の神と地の神に
霊験あらたかなる神よ もし(真実を映す)深遠な鏡を失っていないのなら
(私は)心当たりもなく どうしていつまでも偽りの言葉を受けるだろうか(いつか無実が証明されるはずだ)
神妙なる神よ もし人知れず罰することを失っていないのなら
罪はおのずと災いの元となるだろう(いずれ犯人は天罰を受けるはずだ)
(我が)小さな真心 これこそが神への捧げ物
ひたすら願うのは 神々が私の祈りに応じて(真実を明らかにして)くれること
この(祈りの)言葉は些細なものだが それでも当てにはなりそうだ
そして一人嘲笑する本当の作者を恥じ入らせたい
(家の)中には語り合える兄弟はいないけれども
(家の)外には心の内を知る親友がいる
詩が原因なのだろう 疑いをかけられたのは
しかし(志を)言おうとする者はどうして詩を用いないだろう

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