山陰亭

興膳宏『日本漢詩人選集別巻 古代漢詩選』研文出版 2005

 『日本漢詩人選集』全17巻は、もっぱら室町時代の五山文学から江戸時代の知識人を扱うシリーズなのですが、どういう理由なのか、第1巻だけは道真の巻です(小島憲之編『王朝漢詩選』参照)。そこに別巻として加えられたのが、中国文学の専門家によるこの1冊です。

 中国文学の研究者のみならず、ネイティブの中国人にしても、音韻や語法などに関して日本人の漢詩には時々おかしな箇所があるそうで、とかく批判を加えられることがあるのですが、外国語を読解し、自ら表現しようとする古代人の悪戦苦闘ぶりに対し、著者は「とてつもなく過酷な負担」を強いられたのだと理解を示します。
 巻頭において作詩のルール、とりわけ音声面の規則性について詳しく解説するのは、漢詩文を受容する過程の中で音声の問題が一番ハードルが高いためですが、「上尾じょうび」「鶴膝かくしつ」など、違反事項に関する用語にはつまづく人も出るかも知れません。しかしそこは素直に該当ページに付箋を貼って読み進めた方が良いと思います。執筆者自身が「古代漢詩」ではなく「古代漢詩」になってしまったと認める通り、一気に通読しないと真価を発揮しない本ですが、行きつ戻りつすることは許されるでしょう。

 飛鳥・奈良時代の作品を収めた『懐風藻かいふうそう』に始まり、嵯峨天皇の主導によって編纂された『凌雲集りょううんしゅう』『文華秀麗集ぶんかしゅうれいしゅう』『経国集けいこくしゅう』の勅撰ちょくせん三集へつなぐという日本漢文学史の基本的な流れこそ押さえてはいますが、長屋王を取り巻く文学サロンを新羅使を歓迎する宴・七夕の2点に絞って取り上げ、嵯峨文壇が白居易の新楽府しんがふを受容した可能性について触れるなど、問題提起を含んだ記述となっています。またその他にも、中国の楽府題ブームと有智子内親王(初代賀茂斎院、嵯峨天皇皇女)の詩の関係、平安時代における七言詩の隆盛など、注目すべきトピックが散りばめられています。
 単純に文学鑑賞の場とみた場合では、あまり宗教色を際立たせずに「君不見きみ みずや」のリフレインで、「花だって川だって、また名君も醜女もやがて消え果てる」と詠う、空海の雑言詩「山に入る興」が秀逸です。

 巻末において、忠臣と道真に一章ずつ割り当てています。忠臣が自己の生活と心情に取材した詩を得意としたことは、取り上げられた作品を読むと良く分かりますが、第1巻に登場した道真に改めて章を割いた理由については、詳しく触れる必要があるでしょう。その根拠。

近体詩は即興的な叙情には適しても、複雑な論理的主張や物語性に富んだ内容を展開するには向いていない。そうしたことを詠ずるためには、形式面の制約がよりゆるやかな古体詩が用いられる。(中略)
 詩人たる者の理想は、近体詩と古体詩の双方を善くすることである。また事実それら双方を善くした詩人こそ、真に優れた詩人として高く評価される。(中略)古体・近体を共にこなして独自の詩世界を形成しえた詩人といえば、平安中期の菅原道真を除いては考えられない。(221〜222頁より抜粋)

 読み応えのある作品が多いにもかかわらず、律詩や絶句に比べ読解に手間を要する上に紙数を大量に割くこともあってか、日本古典文学大系で川口久雄が全体品を通観してみせた後、『詩人・菅原道真』を除き、アンソロジーで道真の古体詩を扱う動きはありませんでした。論文レベルで見ても、菅野禮行氏「古体詩の系譜」(『平安初期における日本漢詩の比較文学的研究』所収、初出1982年)や後藤昭雄氏『平安朝文人志』や「平安朝の楽府と菅原道真の〈新楽府〉」(京都大学「国語国文」68-6、1999年)などが挙げられる程度で、あまり注目されてこなかったように思います。
 「漢詩和歌快説講座」で古体詩を積極的に取り上げるのは、そのような状況に対して疑義を挟む意味もありますが、21世紀に入ってようやく新編日本古典文学全集(小学館)が収録したことから判断するに、やはり看過すべからざる作品群であることは間違いないでしょう。(あまり注目されるのも、先を越されたような気がして個人的には嬉しくないのですが……。)

 かくして長い前書きの後で取り上げられたのは「博士難」(02:087)・「楽天が『北窓の三友』の詩を読む」(477)・「奥州藤使君を哭す」(486)の3首。「博士難」の「堂構」の解釈や息子の左遷先など、日本古典文学大系本の誤りを踏襲している箇所も見受けられますが、「胸中に溢れる魂の叫び」(240頁)を一般の読者が受け止めるには充分な読みやすさを有していると思います。

 実のところ、道真の詩を扇子に仕立てて手元に置くなら、白鳥の歌たる「謫居の春雪」(514)であろうと思っていました。しかし作品を読み返してみて、むしろ「奥州藤使君を哭す」に尽きるのではないかと思えてきました。『詩人・菅原道真』を読み耽った頃とて考えなかったことです。
 この詩を貫くのは、地方官の汚職を表沙汰にしようとして殺された陸奥守藤原滋実しげざねと大宰府に貶謫された自身の姿を二重写しにして語る視線ですが、「れ魂にして霊有らば/もと知己ちきを忘るることかれ/ただ もとむるは 本性ほんせいを持し/つひ傾倚けいい する所からんことのみ」という、滋実へのメッセージを改めて彼に捧げたいと思うからです。

 惜しむらくは、やはり道真以後の詩を扱っていない点でしょう。確かに道真の時点で日本人は完全に漢詩文を消化したのは間違いありません。しかし平安中期から末期にかけても、『扶桑集ふそうしゅう』『本朝麗藻ほんちょうれいそう』『本朝無題詩むだいし』『本朝続文粋ぞくもんずい』など、アンソロジーが陸続と編纂されている以上、そのあたりの、半ば形骸化した、あるいは民衆の風俗に取材した新機軸の作品群についても、著者なりの評価を与えてほしかったというのが正直なところです。

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