奉菅右相府書
清行、頓首謹言。
交浅語深者妄也、
居今語来者誕也。 今に居て
妄誕之責、誠所甘心。
伏冀、 伏して
尊閤、特降寛容。
某、昔者遊学之次、
偸習術数。
天道革命之運、 天道革命の運、
君臣剋賊之期、 君臣
緯候之家、創論於前、
開元之経、詳説於下。 開元の
推其年紀、猶如指掌。
斯乃、
尊閤所照、愚儒何言。 尊閤の照らす所にして、
但、
離朱之明、不能視睫上之塵、
仲尼之智、不能知篋中之物。
聊以管穴、伏添〓龠。
伏見、 伏して
明年辛酉、運当変革、 明年
二月建卯、将動干戈。 二月
遭凶衝禍、雖未知誰是、 凶に遭ひ禍に
引弩射市、亦当中薄命。
天数幽微、縦難推察、
人間云為、誠足知亮。
伏惟、 伏して
尊閤、 尊閤、
挺自翰林、超昇槐位。
朝之寵栄、道之光花、 朝の
吉備公外、無復与美。
伏冀、 伏して
知其止足、察其栄分、
擅風情於煙霞、 風情を
蔵山智於丘壑。
後生仰視、不亦美乎。 後生の仰ぎ視ること、
努力努力、勿忽鄙言。
某、頓首謹言。 某、
昌泰三年十月十一日 昌泰三年十月十一日
文章博士三善朝臣清行 文章博士三善朝臣清行
謹謹上 菅右相府殿下政所 謹み謹みて 菅右相府殿下の政所に
右大臣菅原(道真)殿に差し上げる書状
(私)清行、平伏して謹んで申し上げます。
付き合いが浅いのに親しい口をきくのは「妄(でたらめ)」であり、
現在にあって未来を語るのは「誕(いつわり)」です。
妄誕の謗りは、誠に甘受するところです。
どうか、
貴殿におかれましては、寛大な心でお聞き下さい。
私、昔学生だった頃に、
(正規の授業とは別に)密かに占いを学びました。
天道によって王命が改まる運勢、
君と臣とが(相争って)賊に勝つ時期、
(それら変革の時運については、)予言者が、最初に論じ、
『
その(変革が起こる)年数を推察するのは、手のひらを指差すように簡単な事です。
しかしこのことは、
貴殿も御承知の事で、私のような学者風情が申すまでもありません。
ただ、
(視力の優れた)
孔子の知恵をもってしても、箱の中の物は知ることができません。(優れた人物でも分からない事はあります。)
(そこで)ささやかながら(私の)狭い了見をもって、お耳に入れたいと存じます。
伏して考えますに、
来年は
二月は(北斗七星の柄が)卯(の方向)を指す(月で)、戦いが起こらんとします。
(その時に)凶事に遭い災いを受ける、誰がそうなるのかは分かりませんが、
石弓を引いて市場で放てば、やはり不幸な人に当たるでしょう。(おおよそ見当はつきます。)
天運は奥深く神妙で、たとえ推測しがたいとしても、
世間の動きなら、知って明らかにすることは可能です。
伏して考えますに、
貴殿は、
学界から抜擢されて、大臣の位に(まで)登られました。
天子の御寵愛による栄達、(学問の)道の栄光、
(貴殿におかれましては、)どうか、
止まる事足る事をお知りになり、栄達の程をお察しになり、
自然の中に風流心を思うまま遊ばせ、
山のように高い智恵を丘と谷(の間)にお隠し下さい。(今の職を去って隠遁された方が宜しいかと存じます。)
(そうすれば)後世の人は(貴殿を)仰ぎ見て、素晴らしいと思うでしょう。
私の卑しい言葉を、決してなおざりになさらないで下さい。
私、平伏して謹んで申し上げる次第です。
昌泰三年十月十一日
文章博士三善朝臣清行
謹み謹んで 右大臣菅原殿に差し上げます