路遇白頭翁
路遇白頭翁 路に白頭翁に遇ふ
白頭如雪面猶紅 白頭は雪の
自説行年九十八
無妻無子独身窮 妻
三間茅屋南山下
不農不商雲霧中
屋裏資財一柏匱
匱中有物一竹籠
白頭説竟我為詰 白頭説き
老年紅面何方術 「老年の紅面
已無妻子又無財
容体魂魄具陳述
白頭抛杖拝馬前 白頭 杖を
慇懃請曰叙因縁
貞観末年元慶始
政無慈愛法多偏
雖有旱災不言上
雖有疫死不哀憐
四万餘戸生荊棘 四万
十有一県無爨煙 十有一県
適逢明府安為氏
〈今之野州別駕〉 〈今の
奔波昼夜巡郷里 昼夜に
遠感名声走者還 遠く名声に感じて
周施賑恤疲者起
吏民相対下尊上
老弱相携母知子
更得使君保在名
〈今之豫州刺史〉 〈今の
臥聴如流境内清
春不行春春遍達 春は春に
秋不省秋秋大成 秋は
二天五袴康衢頌
多黍両岐道路声
愚翁幸遇保安徳
無妻不農心自得 妻無くとも
五保得衣身甚温
四隣共飯口常食
楽在其中断憂憤 楽しみは其の
心無他念増筋力 心は他念無く 筋力を増す
不覚鬢辺霜気侵
自然面上桃花色 自然に面上に桃花の色あり」と
我聞白頭口陳詞 我 白頭の
謝遣白頭反覆思 白頭に
安為氏者我兄義 安を氏と為す
保在名者我父慈 保の名に在る者は我が父の慈あり
已有父兄遺愛在
願因積善得能治 願はくは
就中何事難仍旧
明月春風不遇時 明月春風 時に遇はず
欲学奔波身最嬾 奔波を学ばんと欲すれど 身最も
将随臥聴年未衰 臥聴に随はんとすれども 年衰へず
自餘政理難無変
奔波之間我詠詩 奔波の
道で白髪頭の老人に出会う
道で白髪頭の老人に出会う
頭髪は雪のように白いのに 顔は(若者のように)赤味を帯びている
自ら語る「
妻も子もなく 貧しい一人暮らし
(土地を)耕しもせず商いもせず 雲と霧の中で暮らしております
財産としては 家の中に 柏の木で作った箱が一つ
箱の中にあるのは 竹籠一つでございます」
老人が話を終えたので 私は問うた
「その年で若々しい顔なのは どのような仙術ゆえか
すでに妻子もなく また財産もない
姿形や精神について 詳しく述べよ」
老人は 杖を投げ出して(私が乗っている)馬の前で一礼し
丁寧に(私の言葉を)受けて語る「(それでは私が元気な)理由をお話し致します
(今から十年ほど前の)
政治に慈悲(の心)はなく 法律も不公平に運用されていました
旱魃が起きても(国司は減税措置を取るよう朝廷に)申請することもせず
疫病で死ぬ者がいても(役人は食料を援助して)哀れむことはありませんでした
(かくして国内全域が荒廃し)四万余りの民家に いばらが生え
十一県に 炊事の煙が立たなくなりました
(しかし)偶然(ある)太守に出会いました (それは)「安」を姓とする方
〈現在の
(安様は)昼夜奔走して 村々を巡視されました
(すると)はるばる名声に感じ入って (課税を逃れて他国へ)逃亡した者も帰還し
広く物品を援助し 疲弊した者も立ち上がりました
役人と民衆が向かい合い 下の者は上の者をたっとび
老人と若者が手をつなぎ合い 母は子(の孝行心)を知りました
さらに太守を得ました (それは)「保」を名に持つ方
〈現在の
(彼は)横になったまま滞ることなく政務を執り 国内は平和になりました
春は国内を巡視しなくとも 生気が隅々まで届き
秋は実り具合を視察しなくても 豊作となりました
天が二つに
翁めは 幸運にも保様と安様の徳に出会い
妻がおらずとも耕さずとも 心はおのずと満ち足りております
隣組の人が衣服を提供してくれますので 体はとても温かく
近所の人と一緒に食事をしますので 食べ物にも事欠きません
楽しみはその(貧しいながら悠々自適の生活の)中にあって 憂いや憤懣を断ち
心中には余計な思いもなく 体力を増します
(それゆえ)
自然と顔が(若々しく)桃色になるのです」と
私は 老人の語った言葉を聞き
礼を述べて老人を帰らせ(話の内容を)振り返って思う
「安」を姓とする人には私の兄の(ような)恩義がある
「保」を名に持つ人には私の父の(ような)慈愛がある
(この国には)すでに父兄の恩愛が残っている
どうか(私も彼等の)積み重ねた善行(の遺産)によって上手く治めたいものだ
(だが)とりわけ昔どおりには行かないのはどの事柄だろう
(詩の題材となる)明るい月や春の風は 時世にそぐわない
(興行殿の)奔走をまねようとしても 身体が皆ままならず
(保則殿の)臥聴に
その他の政治の手法にも 変更がないことはないだろう
奔走する合間に私は(政務の一端として)詩を詠もう