四年三月廿六日作〈到任三年也〉 四年三月廿六日の作〈任に到り三年なり〉
我情多少与誰談 我が
況換風雲感不堪
計四年春残日四 四年の春を計るに 残日は四
逢三月尽客居三 三月の尽に逢ひて 客居すること三たび
生衣欲待家人著 生衣は 家人を待ちて
宿醸当招邑老酣
好去鶯花今已後
冷心一向勧農蠶 冷心 一向に
仁和4(888)年3月26日、讃岐守になって3度目の春のこと。過ぎ行く春を見送りつつ、夏に向けて気分一新を図る道真です。
道真の作品には、唐代の口語(いわば比較的生の外国語)がしばしば見られるのですが、この詩についても、「多少(いくら)」「好去(お達者で)」「一向(ひたすら)」などがその可能性があるとか。ちょっと面白い話です。本人は海外渡航経験が全くないので、書籍から得たか、日本在住の外国人や在唐経験のある日本人から学んだ、ということでしょうか。
さて、表面的な意味以上の意味を持つのが「鶯花」と「農蠶」。
前者はただ単に春の風物詩というよりは、詩心をかきたてるものの代名詞。こういう言い回し好きなんですよ、彼。後者については、『職員令義解』大国条に、国司の仕事として「農桑を勧め課せ」とあり、農業や養蚕業の励行は国司の任務であったわけです。今でも産業の活性化は知事の仕事ですものね。
また、道真は讃岐守の職を左遷人事と考えていましたから、「風雲」は、時勢の変化が激しいことの例えとも思われます。
かくして「詩を詠みたくても仕事を優先しなければならない」矛盾だらけの単身赴任生活は続くのでした。
四年三月廿六日の作〈赴任して三年目である〉
自分の気持がどれほどのものか誰と語ろうか
まして時勢が変わり感に堪えないというのに
(仁和)四年の春を数えると 残る日は四日
三月の末を迎えて 旅住まいは三度目
昨年から醸造しておいた酒は村の長老を招いて飲もう
さよなら詩心をかきたてるものたちよ 今から後は
冷たい心でひたすら国司の勤めに励もう