九日、偶吟 九日、
客中三見菊花開 客中三たび見る 菊花の開くことを
只有重陽毎度来 ただ重陽のみ有りて 毎度来たる
今日低頭思昔日 今日
紫宸殿下賜恩盃
03:197「重陽の日、府衙にて小飲す」に記した通り、赴任1年目には部下と重陽の宴を開いた道真ですが、翌年には重陽宴を催した形跡がありません。2週間ほど前に光孝天皇が崩御したことを受けて取り止めたものと思われます。そして3年目の仁和4(888)年9月9日に詠んだのがこの詩ですが、「偶吟」と題し、「人間の都合とはお構いなしに、重陽は毎年訪れる」という口ぶりから判断するに、酒宴はなかったようです。宮中でも重陽宴は開かれませんでした(『日本紀略』同日条)。
過去を回想する際に
(九月)九日、たまたま詩を詠む
赴任中(この讃岐の地で) 三度菊の花が咲くのを見た
(宮中での宴に参加しなくても)重陽だけは毎年やって来る
今日うなだれて昔の日々を思うと
紫宸殿で(帝から)恩盃を頂いたのであった