偶然見つけて珍しく衝動買いした1冊。表題作にも期待していたのですが、そっちははずれ。こちらはまだ学生だった道真の視点から応天門の変を描いたもので、道真の内向的性格を一所懸命に書き、本文に大量に読み仮名を振る、文体の少し重たい作品です。
現在を唐の貞観の治になぞらえた会話が秀逸で、「二李将軍はいずくにありや?」の一言に思わず吹き出してしまいました。しかし、リアリティを追及して中国風の表現を会話部分に多用した結果、注釈が多いのもまた事実です。
年齢や人名の誤記のようなよくあるミスはともかく、作品の根幹にかかわる問題として、当時道真と紀長谷雄の交友関係は全くなかった(後藤昭雄「紀長谷雄『延喜以後詩序』私注」を参照)ことに作者も集英社版(絶版のため内容は未確認ですが)で解説を担当した松田修氏も気付いてないらしく、そのことによってフィクションたりえるのはまさに皮肉です。
ただそれよりも残念なのは昌泰四年の変(=菅原道真の左遷)の小説化が果たせなかったという話で、今からでも書いて欲しいな、と思います。筆力のある人ってそういないんですよね。