山陰亭

橋本義彦「学者と公達」『平安の貴族と宮廷』吉川弘文館 1996

 時平伝が道真伝にすりかわっている『大鏡』(平安後期成立)以来、この両者を対比して扱うのはよくあるやり方です。そのせいか一般の歴史関係の雑誌で藤原氏を特集すると、道真と藤原時平が必ずセットで登場します。どっちがおかず扱いされているかは言うまでもありませんね。

 この文章もその延長線上にあるのですが、そこは専門家。偏見にとらわれずに筆を進めます。根っからの学者と名門の少壮政治家、こんな2人の二頭政治に対し、どこに周囲の不満が向けられたか。そして時平の固執したものは何だったのか。それは読んでのお楽しみ。
 道真の後半生における急激な出世がいかに異常なものか、そして失脚の原因がどこにあるのかよく分かります。

 ただ、道真本人にはあまり関心がないようで、両者の関係についてもう少し突っ込んで考えても良かったのでは、と思います。誤解している方も多いのですが、最初から対立していたわけではないんです。道真が単なる天皇のブレーンであれば、結果は随分違ったことでしょう。

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