山陰亭

 最初に断っておきますが、石見神楽そのものの紹介というよりは、祇園祭で天神さんの続編です。

 石見いわみ 神楽は島根県石見地方(県西部)で上演される舞台芸能で、日本の神話や歴史に題材を取り、高速で回転しながらの殺陣、衣装の早変わりなど、ケレン味たっぷりの演出で観客を魅了します。歌詞には和歌が多く採用されており、太鼓と笛が伴奏に用いられます。

 出雲大社の祭神が八坂神社の祭神の娘婿という縁から、京都の八坂神社では祇園祭の宵山(7月16日)の夜に境内で石見神楽を上演するのが恒例となっています。最後は祭神にちなんで八岐大蛇退治と決まっていますが、それ以外の演目は毎年変わります。源頼政みなもとのよりまさぬえという怪物(怪物なのに着ぐるみがお猿さんみたいで可愛い)を射殺したり、恵比須様が観客に飴をまき散らして御祝儀を釣り上げたり、源頼光みなもとのらいこうと四天王が酒呑童子しゅてんどうじ一派を泥酔させたあげくに切り捨てたり、組み合わせにはいくつかのバリエーションが存在します。

 その中に「天神」もあるわけですが、3年に1回程度しか上演されないうえに、その年の演目が事前に分からないことも手伝って、早い時間帯から席を確保して正面から見たためしがありません。いつも開始直後に到着して、舞台の右手で立ったまま見る(そして疲れて最後まで見ずに帰る)のがお約束のパターン。以下に掲載する写真がイマイチなのはそのためです。もともと夜間で動きも激しいので、カメラマン泣かせなんですけどね……。
 あらすじも記憶に頼って書いています(録音した資料がない)ので、間違えていたらごめんなさい。

道真登場(5KB)
道真登場

 最初に、「我は北野の神ぞとや〜」という歌い出しに合わせ、天神こと菅原道真が家来と共に登場します。白いお面と手にした幣のために神様っぽく見えますが、生身の人間という設定です。

 背中はこんな感じ。龍の模様が入った重量級の陣羽織です。その下は梅の花を刺繍した紺色の着物。
 烏帽子の後ろ側に触角のようなものが付いていますが、他の演目から判断するに、正義の味方を表す記号と思われます。

道真の背中(6KB)
道真の背中

 おとなしく大宰府に赴いたはずの道真でしたが、都では時平一派が天下を奪おうとしていることを知って逆上し、雷神となって逆賊を討ち取ろうと決意します。ここで家来は退場となり、道真ひとりが舞台に残ります。

道真 vs 家来(14KB)
道真 vs 家来

 すると、そこに時平が登場します。スモークの特殊効果のおまけつき。
 ざんばら髪に赤い鉢巻、口元を一周するヒゲにつり上がった太い眉と、歌舞伎の公家悪にも匹敵する異様な顔立ちをしています。

時平登場(11KB)
時平登場

 武器は、道真が柄の短い長刀、時平は両端に飾りをつけたバトン。
 両者向かい合ったまま、石見神楽のお約束、ひたすら高速回転を繰り返しては武器を合わせる殺陣の始まりです。

時平 vs 道真(11KB)
時平(左) vs 道真(右)

 しかしよく見ると、道真さん、陣羽織と一緒にお面まで脱いでいます。お面だと視野が狭いのは分かるけど、生々しくてイヤ〜(泣)。

道真 vs 時平(11KB)
道真(左) vs 時平(右)

 綿の入ったいかにも重そうな地味な色合いの装束で戦っていたはずが、いつの間にか派手な衣装に早変わりしています。緑が道真で赤が時平。道真の衣装はよろいのようになっており、誰が見ても平安貴族対決とは思えない世界に入っています。

道真の全身(左)と早変わり後の殺陣(右)(18KB)
道真の全身(左)と早変わり後の殺陣(右)

 この早変わり、バナナの皮をめくるように、しつけ糸を抜いて上着の外側を下半身の上に落とし、内側を外に露出させる「ぶっ返り」の手法を取っているのだと思うのですが、必死にファインダーをのぞいていると全然気がつかない。そして高速回転をするたびに、下半身にかぶさった上着がスカートのように開きます。以下、道真が時平に一太刀浴びせるまで、ひたすら回る回る。

 道真に倒された時平が退場したのを受けて、道真は勝利の舞を舞い、観客の拍手を深々と一礼で受け止めながら悠々と幕の向こうに消えます。
 かくして悪人は討ち取られ、晴れて道真公は天神様として祭られるようになったのでした、とさ。

 酒呑童子(「大江山」)などに比べると、引用されている和歌の数は少ないのですが、それでも、源順みなもとのしたごうの「梅は飛び桜は枯るる世の中に 何とて松のつれなかるらん」、道真の「流れゆく我は水屑みくづ となりぬとも 君しがらみとなりて留めよ」がリミックスされて使われており、最初に耳にした時は驚きのあまり吹き出しそうになりました。

 なお、これらの神楽は島根県のみならず広島県でも伝承されています。映像はYouTubeで見られますが、衣装や台詞回しなど、同じ演目でもあらゆる点が演者ごとに異なっていて、なかなか興味深いものがありますよ。
 本当は一度ぐらい現地で見たいのですが、どうあがいても遠過ぎます、浜田市は……(出雲市よりもさらに西だった)。

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