舟行五事(2)
白頭已釣翁 白頭 釣りを
涕涙満舟中
昨夜随身在 昨夜 身に
今朝見手空
尋求欲凌浪
衰老不勝風 衰み老へたれば 風に勝たず
此釣相伝久
哀哉痛不窮
子孫何物遺 子孫
衣食何価充 衣食 何の価をか
荷〓慙農父
駆羊愧牧童 羊を
非嫌新変業 新たに
最惜旧成功 最も
若有僧為俗
寺中悪不通 寺中
仮令儒作吏
天下笑雷同 天下
漸憶釣翁泣
悲其業不終
仁和3(887)年秋、讃岐から都へ向かう船の中で詠んだ連作5首の第2首です。
この連作は、全て五言十韻の古調詩ですが、第4首の最後に「私は
周の文王が
道真が出会った漁師は、生活のために船を出すのであって、趣味の釣りとは次元を異にします。しかし「俗世間から孤絶して船上で年齢を重ねる」のが年老いた漁師に対する道真の認識であることを思えば(02:167「晩秋二十詠(15)釣船」および03:207「寒早、十首(8)」)、陸地で互いに協力しながら農耕に従事する百姓とは異なる存在であったことは確かです。
大物を狙って海に漕ぎ出した老人は、魚に糸を引きちぎられ、先祖代々受け継いだ釣り針まで失ってしまいました。「仕事道具を失ってしまえば、子供に遺せるものはないし、自分の生活だってどうするのだろう、しかもあの年で職を変えれば、プライドが邪魔をしてうまく行くまい……」。道真はそうつぶやいて身の上を案じますが、自慢の釣り針でなくても道具さえあれば漁師は続けられるはずです。その意味で、本当に釣り針を無くしたのは道真自身でした。
釣り針を紀伝道に置き換えてみると良く分かります。曾祖父の代から受け継いだ学者としての立場を突如失い、子孫に授けることもできなくなった現在、仕事を変えさせられて地方で働いているけれども、他人は金欲しさに世間に媚びたと
船旅(で見た)五つのこと(2)
白髪頭の 釣りをやめた老人
(彼の流す)涙が (釣り)船の中に溢れている
昨夜は (釣り針が)身近にあったのに
今日は 手元を見ても何もない
(魚を)探して 波を越えようとしたが
衰えた老体では 風に勝てなかった
この釣り針は 長年にわたって代々伝えてきたのに
悲しいことだ 痛恨の情には終わりがない
子孫に (遺産として)何を残そうというのか
衣食に 何の代金を充当しようとというのか
羊を追い立てれば 放牧する子供に対し恥ずかしい思いをするだろう
新たに
年老いて功績を挙げたことが何より惜しいのだ
もし
寺の中では (彼を)
もし 儒学者が(地方の)役人となれば
世間は (生活費が欲しくて世の中に)おもねったと笑うだろう
少しずつ思い始めた 老いた漁師が泣いているのは
その生業を全うしていないことを悲しんでいるのだと