山陰亭

文子天満宮(9KB)
文子天満宮

所在地:京都市下京区間之町通花屋町下ル天神町
 交通:京都市バス・烏丸六条バス停下車

北野天神成立前史偶然の不一致

北野天神成立前史

(傾向)京都という町は伝承がこんな感じで転がってます。
(対策)伝承は伝承。深刻になるもんでもない。

 北野天満宮の創建について、天神縁起にはこんな話があります。

 天慶5(942)年、西京七条に住む多治比文子たじひのあやこ(奇子とも)という者に「右近馬場うこんのばばに祠を作れ」という託宣があったが、彼女は身分が低いので右近馬場ではなく、自宅に祠を作った。その後、天暦元(947)年に別人への託宣がきっかけで右近馬場に移した。それが今の北野天満宮である。
多治比文子像(7KB)
多治比文子像

 彼女の住居跡とされるのがこの神社。天神縁起絵巻では童女として描かれており、境内の銅像もそのことを踏まえていますが、市の巫女という説もあって、天神信仰が市井から始まったというのもうなずける話です。ただ場所には問題が残ります。はるか西にある千本通が平安京の朱雀大路なので、ここはどう考えても左京なんです。むしろ綱敷行衛天満宮(下京区七条御前通)の周辺に住んでいたのではないかとも指摘されています。実際、現在地は錦天満宮の旧社地と重なる可能性があります。
 京都駅からも比較的近いのですが、生活圏の中にあり、かなり探しにくいです。地図は必需品。烏丸通の東端か河原町通の西端を黙々と歩いて行くと、看板があることはありますが……。

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偶然の不一致

(傾向)類は友を呼ぶ。
(対策)運がいい、と思うことにしよう。

  友人:私、「ぶんしてんまんぐう」の隣に下宿するねん。
  筆者:へ?
 こんな会話を展開していたのは高校の卒業式を控えたある日のこと。マークしてないと相当あせった後、ふと気がつきこう返しました。
  筆者:……それ、文子あやこ 天満宮やないの?
 さらにここの宮司さんが家主でした。妙にウマの合う彼女は、当時私の道真中毒を知っていた数少ない人物なのですが、こんな偶然もあるもんなんです。どさくさに紛れて下宿先に押しかけたのはもちろんのこと、ヨソ者なのに祭りでおみこしを担いだりもしました。未成年なのに地元の人に酒勧められて困ったのもいい思い出です。

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