山陰亭

安居神社(12KB)
安居《やすい》神社

所在地:大阪市天王寺区逢阪
 交通:大阪市営地下鉄堺筋線・恵美須町えびすちょう駅下車
    大阪市バス・天王寺公園前バス停下車

藤原真興の涙

藤原真興の涙

(傾向)いやー、好きなんですこのエピソード。
(対策)想像ですよ、想像力。

 大阪の電器店街、日本橋にっぽんばしの南端に位置する恵美須町駅から国道25号線を東へ500m行けば道路の北側に入口があります。小高い丘の上にあり、見晴らしは悪くありません。もっとも、恵美須町や天王寺公園界隈はある種独特な雰囲気のあるエリアなので、初心者は天王寺駅から谷町筋を北上し、四天王寺の石鳥居で西に折れて国道25号線に入った方が良いと思います。

四天王寺(5KB)
四天王寺

 聖徳太子が物部守屋もののべのもりやを討伐した際、戦勝祈願の礼として建てたのが四天王寺してんのうじ で、むろん「天王寺」の地名はこれに由来します。昔はこのあたりまで大阪湾が入り込んでおり、西向きの参道から沈み行く夕陽を拝み、西方の極楽浄土を観想することが行われていました。
 縁日が毎月21・22日にあるので、その日に天王寺駅に降り立つのも一興かと。

 さて安居神社ですが、もともとは医薬神少名彦命すくなひこなのみことを祭っていました。この神様こそが元祖「天神」ですが、名前に惑わされて道真の社にすり替わってしまうことがあります。そのことを割り引いて考える必要はあるものの、太宰府への路次に道真がこの地で潮待ちをしたということで、「菅原伝授手習鑑」汐待しおまちの舞台ともなっています。
 「真田幸村さなだゆきむら戦死の地」というのが売りで、絵馬も白馬にまたがる幸村の図柄です。

 難波津近辺の話が出ると、いつも思い出すエピソード。
 摂津まで道真の護送役を仰せつかった藤原真興まおき は、都へ戻る前、馬から降りて道真に別れを告げ、涙を流しました(『扶桑略記』)。兄菅根すがね が道真の弟子なので、弟も門下に連なっていたのでしょう。恩師の悲運になす術を持たない官僚の悲哀、察するに余りあります。「どうか御無事で……」。泣きながらの挨拶が精一杯の感情表現でした。

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